[SETI@home]

SETI@home とその技術的解説風解説

本コンテンツは, これから SETI@home プロジェクトに参加しようという方のための予備学習のページです。 相変わらず字ばかりですみません。 タイトルにもあるとおり, あくまで「技術的解説風」解説なのであまりディープな話題は提供できませんが, 「SETI@home ってこんなことしてるのね」 と何となく感じていただけたら幸いです。

なお,本コンテンツについてのご意見・ご感想・お叱り等々は荒川までメールでお願い致します。


目次


序文 − The Search for Extraterrestrial Intelligence

「この世界(宇宙)には我々しかいないのか?」 という問いはこの地上で最も素朴かつ難解な命題のひとつです。 この命題に対し歴史上分かってるだけでも様々な人が思索をめぐらし仮説を立ててきました。 ピタゴラス,デモクリトス,ちょっと間があってベルナール・ト゛・フォントネル,イマヌエル・カント などなど。 また近代では,パーシヴァル・ローウェルのように火星に知的生命がいると信じ, その観測のために半生を捧げた人もいました。

残念ながらこの命題に対する解答はいまだ得られていません。 極端に言ってしまえば, 命題を解く方法はたった2つしかありません。 「地球以外のどこにも知的生命が存在しないことを証明する」 かまたは 「地球以外のどこかに1つは知的生命が存在することを証明する」 かです。 SETI -- the Search for Extra-Terrestrial Intelligence (地球外知的生命探査) は, もちろん後者の方法をもって地球外知的生命(ETI)の可能性を探っていきます。

SETI では「誰」を探しているのか

私達が探す ETI とはどんなものなのでしょう。 取り敢えずここでは学問的な「生命」の定義や ETI が存在する確率については脇に置いて, SETI でターゲットとなる ETI を考察してみましょう。 (ETI が存在する確率については 「ETI は存在するのか?」 の章を参照してください)

SETI の究極の目標は, 観測により ETI の存在を証明し, あわよくば彼等とコミュニケーションをとることです。 (知的生命なら必ず他者とコミュニケーションをとろうとすると考えられるからです)
SF的な考察を引用するまでもなく, 宇宙には私達の想像を絶するような知的生命が存在することは充分考えられます。 例えば, 相手が私達「ヒト」と全く異なるメンタリティやタイムスケールを持っているとしたら, 私達とコミュニケーションをとるのは難しいかもしれません。 しかし相手がコミュニケーションをとろうとする限り, そして相手が私達よりも高い知性を持っていればいるほど, 相手は必ず「私達に分かる」方法を試そうとするに違いない, と仮定できます。

この仮定はかなり大胆ですが, まるっきり荒唐無稽というわけではありません。 まずコミュニケーションをとろうとしている相手から探す, というのは手順としては妥当と思えます。

コーネル大学のジュゼッペ・コッコーニとフィリップ・モリソンが「ネイチャー」誌で発表した 「恒星間通信の探索」(1959.9) という論文では, 電波には恒星間宇宙で散乱することなく通信媒体として遠距離まで到達し得る優れた特性があることを指摘しています。 そして, ある程度以上文明が発展すれば, 「ヒト」のように「電波」を発見・利用するだろうと充分想像できます。 このことが フランク・ドレイク博士を中心とする 「オズマ計画」(1960年4月8日) をはじめ多くの SETI プロジェクトで電波観測が行われている根拠となっています。

SETI@home -- The Search for Extraterrestrial Intelligence at HOME プロジェクトでも電波観測により SETI を行っています。 SETI@home プロジェクトは, カルフォルニア大学バークレー校(UCB)が中心となり, プエルトリコにあるアレシボ電波天文台から送られてくる観測データを細切れに分割し, インターネットに繋がった沢山のコンピュータと協調してデータの解析を行っていきます。 もし宇宙から来た電波の中に自然界のものではない有意のものが含まれていれば, それはすなわち地球外文明が存在する可能性を示唆します。

SETI@home では「何」を探しているのか

さて, ひとくちに「電波観測」といっても, その周波数域は大変広く, また相手の出す信号特性等もまるで分からないのでは観測のしようがありません。 そこで,またまた大胆な仮定を立ててみます。

まず観測対象となる周波数帯ですが, これには先に述べた「恒星間通信の探索」の論文がヒントになります。
すべての物質は電波を放ちます。 そしてその周波数は物質によって決まっています。 これまでの電波観測により, 水素(1420MHz)および水酸基(1638MHz)の放つ電波の周波数が他の周波数帯に比べて輻射によるノイズも少なく非常に安定していることが分かっています。 この領域は「ウォータホール(Water Hole)」と呼ばれています。 (Terrestrial microwave windows
また「水」を必要とする生物にとって水素および水酸基は最も基本となる物質です。 このような生物が意図的に「ウォータホール」領域を恒星間通信の周波数帯に選ぶことは十分にあり得ます。 SETI@home では観測対象となる周波数帯をウォータホール内 1420±1.25 MHz に設定しました。

次に信号特性ですが, コミュニケーションをとる目的で発信される電波信号であることを考慮し, 以下のように仮定することができます。

これらの仮定は大胆過ぎるかもしれません。 しかし具体的な手がかりがない以上, この仮定のもとに「やってみる」しかありません。 このやり方でダメなら別のやり方でやってみればいいのです。 (その場合,今の SETI@home とは別のプロジェクトになっているでしょうけど)
そもそも SETI は広大な砂漠で1本の針を探すような気の長いプロジェクトです。 針がどこにあるか机上で議論するよりも, 「ともかく探す」 ことが大事なのではないでしょうか。

SETI は科学か?

もちろん SETI は科学的手法に基づく観測(または実験)です。 (少なくとも現代の SETI においては)

「地球外知的生命」という語感は (ある意味では) 人知を超える「存在」として宗教教義と馴染みやすいため, そういった立場から SETI@home に参加される方もいらっしゃるかもしれませんが, SETI や SETI@home プロジェクトに関する限り, そういった既存の概念(?)は捨て去って下さい。 SETI は答えがあるかどうかも分からない超難解数理パズルであり, 人間臭い思想 (カール・セーガン博士は「ショーヴィニズム」と呼んでらしたそうですが) や宗教教義の入る余地はありません。

TV等のメディアが垂れ流すバラエティ番組の影響なのか, 今だに 「地球外知的生命 → 宇宙「人」 → UFO」 と短絡的に連想してしまう人がいるのは残念です。 しかし,幸いなことに SETI および SETI@home プロジェクトはそのようなバラエティ企画の対極に位置します。 その証拠に日本の各民放TV局は SETI@home プロジェクトにほとんど関心を示していません。 (笑。そう言えば先日NHKが教育番組として SETI@home を取り上げましたね)
UFO研究家(っていうのも何だかなぁ)としての立場で参加している方もいらっしゃるかもしれませんが, SETI@home プロジェクトがどのような結果になろうともUFO研究には何ら寄与しないことをあらかじめご了承ください。

参考文献: [1][4] より 「SETI: 電波観測」[5][13][19]
[目次]

SETI@home の技術

SETI@home の観測・解析はどのように行われているのでしょうか。 私達に配布されているソフトウェアはいったい何をしているのでしょうか。 ここでは SETI@home プロジェクトの技術的な側面を見てみましょう。

どうやって電波を受信するのか

SETI@home ではプエルトリコのアレシボ電波天文台の観測データを利用します。 アレシボ電波天文台には直径約305mパラボラアンテナがあります。 「お皿」の部分は窪地に固定されているため動かすことができませんが, 焦点部分は可動式になっているため, (日周運動も勘定に入れて)全天の約28%をカバーすることができます。

しかし, アレシボ電波天文台を SETI@home のために占有させるわけにはいきません。 電波天文学の分野には他にもたくさんの観測対象があります。 そこでこのプロジェクトでは「ピギーバック」方式が取られました。 すなわち, パラボラアンテナの焦点部分に SETI 専用の受信機を取りつけ, 誰かが観測を行っているときは「便乗」して SETI@home 用のデータも収集できるようにしたのです。 こうして得られるデータは 35GB/day もの量になります。 (「我々はどこまでカバーしたか?」参照)

受信データの分割

アレシボ電波天文台からの受信データがUCBに届けられると, UCBではそれを各ユーザに配布しやすいように 10KHz幅×107秒 の小片 (ワークユニット(Workunit)) に分割します。 (厳密にはアレシボ電波天文台から送られてくる2.5MHz幅のデータを256分割するので9765.625Hz) この処理を行うソフトウェアは「スプリッター(Splitter)」と呼ばれています。 スプリッターの処理は高速フーリエ変換(FFT)と8ポイント逆変換(IFFT)で実現します。

10KHzのデータを記録するためには, サンプリング定理により, 20Kbpsのスピードが必要となります。 この信号の107秒分なので, データサイズとしては 20Kbit×107sec≒2Mbit=250KByte となります。 実際には, この情報はテキストコードに符号化され, さらにサンプリングの情報や時刻・天体位置などの付加情報が付くため, ユーザに届くデータは340KByte程度の大きさになります。 (「SETI@homeはどのように動作するか」参照)

余談ですが,プロジェクト開始当初はスプリッターの処理を1台のワークステーションでまかなっていたのですが, 予想を大きく上まわる参加者にスプリッターの処理が追いつかなくなってしまいました。 結局 Sun Microsystems より新たなワークステーションを提供していただき, 現在はスプリッター用に3台のワークステーションを割り当てて運営しています。 この手の分散プロジェクトでのスペックの予測の難しさが浮き彫りになった事件でした。

クライアントソフト

SETI@home プロジェクトに参加する我々一般のユーザは, 専用クライアントソフトをダウンロードし, 自分のコンピュータにインストールします。 クライアントソフトをインストールし動作するために最低必要な環境は

です。 Internetへの接続はワークユニットを受け取るときと解析結果を返却する場合に発生します。 解析中はInternetに繋がってる必要もありませんし, コンピュータを常時稼働させておく必要もありません。

クライアントソフトには大きく分けて2つのバージョンがあります。 ひとつは Windows/Macintosh Screen Saver バージョン, もうひとつは各種プラットフォームのキャラクタ端末用の Text-only バージョンです。 ただしいずれのバージョンもコアの解析部分は同じです。 プロセスはかなり低い優先順位で動作するため, 基本的にはコンピュータ上の通常業務には影響しません。 (ただし, OSのアイドル時間を全て使ってしまうので, CPUメータが振り切れてしまい, 見た目には凄いことになっています)

Windows/Macintosh にのみスクリーンセイバ版があるのは, クライアントソフト動作中はかなり大きくメモリを使用するため, Windows/Macintosh のローエンドマシンで常時解析を行うとコンピュータシステム全体のパフォーマンスに深刻な影響がでると判断したからだそうです。 もちろんメモリやプロセッサパワーに十分な余裕があればスクリーンセイバ版でも常時解析を行うように設定できます。

逆に Text-only バージョンは派手なグラフィックがないため, とても地味な印象を受けます。 (表示がないぶん全体的に処理が速いとか, 支援ツールと組み合わせやすいとかいった利点はあるのですが)
しかし, バージョン 2.0 以降は, Text-Only バージョンでもプラットフォームによっては, スクリーンセイバ版と同様なグラフィック画面を表示させることが可能になりました。

ワークユニット解析

(地球から見て)天空のある天体から電波が送られてきているとして, それはどのような信号なのでしょう。 周波数や信号特性については 「SETI@home では「何」を探しているのか」 の章で述べました。 これに加えて, 電波発信源となる天体は当然地球に対して相対運動をしていると思われるため, ドップラー効果により, 周波数がだんだん大きくなったり逆にだんだん小さくなったりする(チャーピング(Chirping))と考えられます。 もちろん相手の天体がどのような運動をしているのかわからないため, ドップラー効果も予測できません。 そこでドップラー効果による補正値「チャープレート(Chirp Rate)」を -10Hz/sec から +10Hz/sec の間(6761通り)で設定し, 片っ端から試します。

ワークユニット解析 − ガウシアン

アレシボ電波望遠鏡が固定されている状態では, 日周運動により(見かけ上)天空の天体が少しずつ移動します。 天空の1点から断続的に信号が来る場合, 発信源がアレシボ電波望遠鏡の観測範囲をよぎると, その信号強度は時間にとともにだんだん強くなりピークに達すると今度はだんだん弱くなるガウス曲線のような変化をすると予測できます。 (その間約12秒) このような信号強度の時間による変化を「ガウシアン(Gaussian)」と呼んでします。

[Gaussian]

このグラフはクライアントソフトが検出したガウシアンの一例です。 (実際に私に割り当てられたワークユニットの解析結果です) グラフ上部はワークユニット名と「チャープレート(Chirp Rate)」が表示されています。 下段の変数値は最もフィットするガウス曲線のパラメータです。 「Chi」はχ2乗(Chi-Sqared)の値を示し, この値が小さいほどよりフィットしていると見なします。 またガウス曲線は以下の式で表されます。

P = TM + Pk e(-((t-t0)/Sig)2)

クライアントソフトは, χ2乗(Chi-Sqared)の値が10以下で, TM/Pk が 3/2 以上のガウシアンを探しています。 残念ながら, このグラフの場合はフィットが悪すぎるため考慮の対象にならないようです。 (「SETI@home スカイサーベイについて」参照)

実際の処理としては, ドップラー効果を補正したデータに対し

という特性の組み合わせを片っ端から試します。

ワークユニット解析 − スパイク

クライアントソフトは別の信号パターンも探しています。

もし(地球から見て)天空からやってきた電波が自然界のものではない場合, 際だった信号強度のピークが発生すると予測できます。 このような信号強度の分布を「スパイク(Spike)」と呼んでします。 クライアントソフトは平均パワーの22倍以上のピークを持つスパイクを探しています。

ガウシアンの検出は電波望遠鏡が固定されていることが前提なので, そうでない状態では検出できません。 しかし,スパイクの検出であれば電波望遠鏡の状態によらず可能です。 もちろん検出した信号は, ほとんどの場合 RFI であるため, UCBによる詳細な解析が必要です。 (ガウシアンの場合でもUCBによる検証が必要なのですが)

緩結合分散型コンピューティング

SETI@home プロジェクトのようなコンピューティングの手法は 「協力型コンピューティング(cooperative computing)」 とか 「緩結合分散型コンピューティング(loosely coupled distributed computing)」 とか呼ばれています。

「緩結合分散型コンピューティング」を用いたプロジェクトは, SETI@home が初めてというわけではありません。 分散処理プロジェクトで最も有名なものは, (SETI@home を除けば)RSA社のクラッキングコンテストでしょう。 話題性十分で賞金もでることもあってかなり盛り上がっているようです。 (政治的なインパクトはあまり与えられなかったようですが)

「緩結合分散型コンピューティング」の最大の特徴は, 抜群のスケーラビリティにあるといってよいでしょう。 その潜在能力の高さは SETI@home プロジェクトで充分証明されていると思います。 逆に「緩結合分散型コンピューティング」はプロセッサ間の通信容量がかなり制限されているため, 大規模シミュレーションのようなリアルタイム性が要求されるプロジェクトには向きません。 SETI@home は, 1つのワークユニットに対し全体で500億回もの計算を繰り返す, 非常に計算集約的なプロジェクトであるといえます。 したがって「緩結合分散型コンピューティング」と非常に相性が良いことになります。

またインターネット上で稼働する「緩結合分散型コンピューティング」は, ネット上のボランティアに頼る部分が大きいため, テーマの選定や宣伝の方法など学問的・技術的な部分以外での手腕が求められます。 スペックの予測が難しいのも問題です。 (「受信データの分割」の章参照)

SETI@home のテーマは私達を含め世界中の人に大きな反響を呼び, 2000年8月にはプロジェクトの継続が正式決定されました。 これだけでも SETI@home プロジェクトは大成功であるといえるのではないでしょうか。

参考文献: [1][2] より SETIとSETI@homeについて[3][11]
[目次]

ETI は存在するのか?

さて, ETI は本当に存在し得るのでしょうか。 もしかして私達のやってることは単なる「電力の無駄使い」なのではないでしょうか? 私達が今後も SETI@home プロジェクトに参加・協力し続けるとするなら, その拠り所となる仮定・仮説が必要です。 この章では SETI の拠り所となっている仮説 「ドレイク方程式」 について説明します。 また後半では, もし地球外文明らしき証拠を発見した場合に私達がとるべき行動についても言及します。

ドレイク方程式

未稿

フェルミのパラドックス − ファクトA論争

未稿

もしそれらしい信号が見つかったら

私達参加者が解析したデータは集計され Current Statistics で公表されます。 この中で特に 「怪しい」 信号の上位20位ほどがランキングされています。 また,あなたのソフトで解析中に画面に 「怪しい」 信号が表示されているかもしれません。 でも決してこのときに大騒ぎしてはいけません。

「地球外知的生命体の発見に続いてとるべき行動の公式な原則 (Declaration of Principles Concerning Activities Following the Detection of Extraterrestrial Intelligence)」 というものが決められています。 この取り決めにしたがって, SETI@home 参加者は, たとえ画面に信号を見つけても興奮して声明を発表したり報道機関に連絡したりしないように気をつけなければなりません。 そうした行為は計画に大きな損害を与えかねません。 私達にとって大事なことは 「依頼されたデータを解析し続けること」 です。 結果の検証および公表タイミングなどはプロの方々におまかせしましょう。

ちなみに,解析して見つかる 「怪しい」 信号のほとんどは地球起源の物だそうです。 詳しくは Radio Frequency Interference邦訳) を参照して下さい。

参考文献: [1][9][13][19][20]
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